富士吉田出身、現在スウェーデン在住ケイゴマンのコラムです。
平成最後の抱負
あ、「平成最後」が横行しているので、このコラムでも使わせてもらいました!笑 久々にこの週末をガッツリと働いて、休みっていいものだなって思ってるけいごマンです。スウェーデンの大学院を卒業した後は、半年間ヨーロッパをまわり、コミュニティで生活したり、農家で働いたり、いろんな地域を見てまわってきていたので、曜日の感覚がないというか、メリ、ハリ、というものがない中、生活をしたり働いてきたので、ちょっと日本の社会と感覚が狂ってるかも。
ヨーロッパ以外には、ここ二年間はフィリピンに英語を学びに行ったり、ベトナム・カンボジアにもツアーガイドとして仕事に行ったりと、海外にいるということが普通、という感覚をゲットしました。そういう感覚を持つと、逆に浮き彫りになってくるのが、日本で得た感覚がなんだったのか、ということがよく見えてきます。それは、違いの中にいるからこそ、自分が持っているものはなんなのかということに逆に気づくということなんですけど。例えば、日本では空気を読むっていうことが当たり前だけど、海外では空気を読むっていうこと自体があまりない、自分の意見を表明してコミュニケーションを取らないと相互理解は進まない。こういった日常で出会う、ほんのちょっとした違いをいくつか重ねていくと、自分が持っている感覚が「日本」の影響を受けていたことに気づいて、自分がどういう方向が好きかを選ぶことができました。
違いのなかにいるからこそ、自分が持っているものがよくわかるっていう構造に似ているものを紹介していた本があって。音楽家の大友良英さん(音楽家のジャンルである「ノイズ」を代表するというよりも一般の方には、あまちゃんや最近ではいだてんの音楽を担当していると言った方がしっくりくるかも)「シャッター商店街と線量計」の中で、高橋源一郎さんとの対談で書いてあったことが興味深かったのですが、脳科学者の池田裕二さんが、人間の脳波の波形を分析していくと、思いっきりノイズらしいのですね。脳科学者的にはなんでこんな無駄にノイズなのって思って、一度ノイズを使わない脳波のモデルを作ってみたらしいのですが、それがダメらしいのです。どうやら、人間の脳波はノイズの洪水がある中で、何か意味があるものや有意義なものを発見するのが上手らしくて、何か意味のあるものだけだと壊れちゃうらしいです。
https://www.amazon.co.jp/シャッター商店街と線量計-大友良英のノイズ原論-大友良英/dp/4791766776
ノイズ(用のないもの、もしくは用がなさそうに見えるもの)は、排除されちゃう傾向ありませんか。対談でもそのことが語られてます。本自体が震災について触れているので、ミュージシャンがやってることが「なんの役に立つの?」と大友さんは何度も問われたそうです。どこの世界でも共通だと思いますが、余裕がない会社や個人事業は、自分のビジネスに関係ないからやらない、儲からなそうだからやらない、未来のビジョンに繋がらなそうだからやらない、ノイズ全般は切られる傾向にあるような気がします。特にビジネスの世界では、用のないものには結構厳しいのではないでしょうか。
でも、ちょっと待ってぇぇ!!
その視点からすると、僕の留学や旅なんて、まさにノイズそのもの。自分自身その後のプランを考えていたわけじゃないし、旅の目的地だって目的なくその場のノリやインスピレーションに従って決めてきました。もちろん、その過程では、たくさんのイヤなことや苦労を味わってきました。wifiを使っていなかったために目的地がわからず、一時間ほど雨の中をさまよったり、バスに乗ったら逆方向に乗ってしまい、全くわからないところについてしまったり。その反面、自分がどんなやつなのか、自分がどんなことをしてみたいのか、見えてきたこともあったのよ。
ちょうど新年だし、僕の読んでる方への招待状は、違いの中に飛び込むっていうことと、ノイズに手を出してみるっていうススメです。一見すると、それこそ「ノイズ」のように見えてしまうかもしれませんが、なんだか今、停滞しているぞ、とか、方向性がわからないぞ、とか、ちょっと新しいことしてみたい、とか。色々な人にオススメですよ。
最後にちょっとしたノイズを紹介すると。。。
アルジェリアとモロッコの国境付近を訪れたときのこと。
周りには本当に何もなかったんです。ブラックデザートと呼ばれる場所。ちょっとしたテントがちらほらとあるくらいで。
でも。。。
あたりは何もない、電気も水道もガスも全てのインフラない場所で真っ暗闇の中で、遊牧民の子供が見ていたものはスマホでした笑 やっぱノイズやんって思う人もいるかもしれませんが、この体験が花ひらくことがある、、、はずだと信じています。