ネクタイの行商スタイルで新しいビジネスモデルに挑戦。渡小織物
有限会社渡小織物 渡辺太郎
スタンダードなテイストから個性的な柄まで、幅広いバリエーションのネクタイが魅力の渡小織物。シルクを使用した高密度で重厚感のある一本は、こだわりの詰まったトラッドなネクタイを求める人にはたまりません。
渡小織物3代目の渡辺太郎さんは、全国各地のお客さんのもとに足を運んで、ネクタイを提案する行商販売と自社のブランド「TORAW」や「渡小織物-Standard Series-」の製造・販売を中心に、OEM生産を行っています。
最上のネクタイに出会える「太郎さんの提案メソッド」を伺ってきました。
夜具座布からネクタイへ
お祖父様が約70年前に始めた「渡小織物」。当時は、いわゆるガチャマン時代。ガチャンと1回織機を動かせば、1万円儲かると言われていたほど、織物産業が栄えていた時代です。
今はネクタイに特化した生地を織っていますが、創業当時は「夜具座布」の生地(掛け布団や座布団の生地)や雛人形が着ている着物の生地などを織っていたそうです。しかし、時代の流れで夜具座布などの需要が減少傾向になり、ネクタイの需要は上昇。その需要変化をきっかけに、渡小織物は大量生産可能な織機を導入し、約40年前にネクタイ生地に絞った生産を始めました。
-夜具座布とネクタイは全く違う印象の生地。糸も一気にシルクへ変えていくのは大変そうですが…
「ネクタイがイケイケの時代だったから、設備投資もできたんだと思います。やっぱりそういう時代背景ってありますよね。今やるってなったら大変だよね…できないよね、商売変えは(笑)」
OEM生産に感じた違和感から行商スタイルへ
OEM生産(委託者のブランド製品を生産する業務)に加えて、自社製品も販売している渡小織物。この2本体制となったのは、太郎さんが渡小織物に入社した2005年以降のことでした。入社直後、物量・製造工程・販売価格・納期のバランスが取れていないOEM特化体制に違和感を覚えた太郎さん。それから5〜6年をかけて、数社の機屋さんが集まる展示会に参加したり、機屋さんの若手メンバーや外部のデザイナーさんとの関係性を構築し、2012年に「ヤマナシハタオリトラベル」のメンバーとして郡内産地の機屋さんと共に都内などに出店したことが「自社製品を作る」大きなきっかけになったそうです。
このとき、同時に取り組んでいたのが「ネクタイの行商販売」でした。最初はまさに1社のお客さんからのスタートで、販売していたのはB品などの在庫だったそうです。しかし、お客さんの反応が想像以上に良かったため、せっかくなら自社製品を販売したいと思うようになり渡小織物の「Standard Series」が生まれたそうです。
「お客さんが増えていくにつれて、事前にネクタイを仕込んだり、バリエーションも作るようになっていきました。それまで問屋さん任せになっていたデザインも自分でちょっとずつやるようになりました。」
OEM生産と自社製品の販売という2本柱の現体制が、自分達のできる範疇で工場を安定的に回すことができていると話す太郎さん。これが渡小織物にとって、健康的な生産体制なのかもしれません。
在庫はここにあるものがほとんどだそうです。そうすることで売れている色や種類が一目瞭然になるそう。そして、ないものはすぐに織れる「機屋としてのクイックさ」も強みだとのこと。
あなたのプレイスタイルに合った最上のネクタイを
そして2015年頃には、お客さんが20〜30件にまで増加。知人などの繋がりで徐々に増えていったと話す太郎さんですが、お客さんが増加する一方で顧客離れの起きない秘訣に、太郎さんの分析力があります。
「まずお客さんはネクタイに対するモチベーションの高い方ばかりです。『お客さまに会うためにネクタイをする』という意識や、『自分をかっこよく綺麗に見せよう』という意識の高い方たちが自分のお客さまなので、まず最低限『ネクタイをすること』がプラスなんだ、って思ってくれてる方のもとに直接自分から赴いています。」
「ビジネスだとお客さまの傾向も顕著なんです。自分のセールストークや雰囲気、ビジネススタイルやプレイスタイルが、ある程度決まっていく。そのときに、堅いプレイスタイルの人がチャラいスーツを着れないのと同じで、スタイルってどんどん型にはまっていく。その型にはまっていくなかで、好きなネクタイも決まってく。そういう方に対してネクタイのアドバイスはガツガツしません。その方が選んでるものが、きっと今その方のやり方に合っているからです。しかし、まだネクタイをつける経験が少ない若い方達は、かなり迷走しやすい傾向にあります。そんな時は、必ずアドバイスをします。『あなたはどうなりたいですか?』『あなたのプレイスタイルは?』と、お話を伺った後に『差し色でしたらこういうネクタイが合いますよ』とか、お客様がなりたい自分になるためのヒントになるようなお話をします。ただ、ネクタイは好き嫌いがはっきり出るので、最後は鏡の前で必ずご自身で決めていただいています。」
ビジネス用ネクタイに特化しているからこそ、ビジネススタイルを重視したネクタイの提案を行う。お話をお伺いする中で、太郎さんの手にかかれば、その人に合った最上級のネクタイに出会えるのだと確信しました。
1つの機屋から生まれた2つのブランド「TORAW」と「Standard Series」
2014年に「新しいトラディショナルを織る」をコンセプトに、重厚な絹生地に織り上げる新ブランド「TORAW」が誕生。TORAWは「渡小織物-Standard Series-」と“あえて”差別化をするために、価格とデザインにこだわったシリーズになっています。
「TORAWは弊社のフラッグシップ商品です。うちがコレだ!と思うネクタイを、市場の適正価格としてご用意しています。TORAWは、ちょっと胸を張って渡す贈り物がほしいって方や、これだ!って思ってくださる方が手にとってくださっています。」
TORAWはECサイトとふるさと納税、Standard Seriesは行商販売と、ターゲットを見極めたうえで、販路に関しても差別化をしているそうです。その結果、TORAWは新規のお客さまとふるさと納税の購入が多く、「Standard Series」はリピーターが8割といった違いも表れているとか。
「うちの一番普遍的なものが「Standard Series」です。TORAWの商品はすごく大きく動くことはないのですが、TORAWのデザインや重厚感がささった人には間違いないネクタイです。」
TORAWは、新しい視点を入れたいという思いから、外部のデザイナーさんと相談しながら1年に1回のペースで柄を起こしているそうです。一方で「Standard Series」は、行商販売の経験をいかして、太郎さんが色味や柄、方向性を決めているそう。こういったデザインの過程にも、TORAWは「自分がかっこいいと思うネクタイ」を、Standard Seriesは「主にビジネスで好まれるネクタイ」を、というコンセプトの違いが表れています。
太郎さんの提案が支持される理由
送別会や昇進のお祝いなどが多い春と、コートやマフラーに衣替えする冬に、ネクタイを購入する人が多いそう。こうした消費者志向を受け、渡小織物 Standard Seriesでは「『春』と『冬』のネクタイをわかりやすくしている」そうです。
「ビジネスのネクタイって、自分のためにつけるものじゃないんですよ。対『お客さん』。相手がいてのネクタイになるんです。そこをまず意識させなきゃいけないのかな。『自分はこれが好きだから』っていっても、12月に薄い水色とかしてたら寒い印象になっちゃうので、例えばワインレッドやテラコッタの色味のネクタイを付けることで、『しっかり季節感のある方だな』って思ってもらえますよね。」
同じような柄のネクタイでも、季節に合わせて、販売するネクタイの色味や素材を変えたり、「ネクタイをつける人」が相手にどう見られるのかを、購入者のビジネスシーンまでを想像しながら「提案」をする太郎さん。この工夫と説得力が、お客さんが太郎さんを信頼し続ける理由だと感じました。太郎さんは「ネクタイをつける理由がある人」に向けて、最上のネクタイを提案し続けていきます。
カール・フォン・リンネとのコラボレーションから得たもの
中田敦彦さんのサステナブルアパレルブランド「CARL VON LINNÉ]/カール・フォン・リンネ」とのコラボも話題になった渡小織物。きっかけはカール・フォン・リンネのデザイナーさんと繋がりのある方からの紹介だったそう。実際に打ち合わせは2〜3回ほどで、約3ヶ月間で完成というスピード感。デザイナーさんはもともとニット専門だったので、太郎さんからネクタイのトレンドなどを提案。カール・フォン・リンネとのコラボ商品は、デザイナーさんと太郎さんの知識の融合で生まれていました。
コラボしたネクタイはすぐに完売。中田さんのファンの購入が多く「中田さんと同じものをつけたい」気持ちが動機になっているのではとのこと。「みんながみんなできるやり方ではないけど、サステナブルという観点ではうちも在庫が残っていないし、売り方としてすごい勉強になりました。」
太郎さんのチャレンジングな姿勢が、新しい人・新しい出会いを自然と引きつけているのかもしれません。
これからの渡小織物としての方法
クールビズ・コロナ禍…ネクタイを取り巻く環境が日々刻々と変わっている今、原材料高や縫製工場の廃業など新たな問題も立ちはだかっています。そんな現状に、太郎さんは「ここでまたスタイルを見直さないといけない時期かもしれない。今まで通りでいいとは思わない。」と感じているそうです。実際、行商販売だけでなくECサイトへの注力や在庫管理の工夫など、改めて「渡小織物としての方法」を見つめ直しているそう。
ただそんな中でも「お客さんに対しては間違いないものを提供できているから心配ない」という言葉が。今まで渡小織物で培ってきた経験や知識、出会った人がいるからこそ生まれた、太郎さんの言葉だと感じました。
家族で同じ商売ができるのは尊いこと
太郎さんは、富士吉田の機屋さんが集まる会議やイベントでは熱い言葉で産地の未来を語り、地域の子供たちには機織の歴史を伝えています。そんなふうにいつも先頭に立ち、私たちにかっこいい背中を見せてくれます。そんな太郎さんが「機屋」に対して感じるやりがいを聞いてみました。
-機屋さんをしていて、一番やりがいを感じる瞬間はどんなときですか?
「すごい俯瞰から見ると、家族で同じ商売できてるっていうのが尊いことではあるなっていうのは思うことではあるな。親子でね、同じ仕事できてるってさ、年々少なくなってるはずじゃん。だから、こういうことできる人たちって限られてるから。なんか、いいな〜ってね(笑)」
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