秘密は物語にあり TENJIN factoryのリネン
有限会社 テンジン 小林新司
1000年以上機織りの音が響くハタオリマチの代名詞、何でしたっけ。そうそう、シルク。艶やかな糸から作り出される上質な生地は、かつて「甲斐絹(かいき)」と呼ばれる高級絹織物でした。しかし今回の主人公は、君じゃないんだ。同じカタカナ3文字だけど、長繊維のシルクではなく短繊維の「リネン」が今日の主人公です!
日本では珍しいリネンの生地と製品を専門に制作・販売しているTENJIN factory(テンジンファクトリー)。フランスの蚤の市で見つけることができるアンティークの生地を彷彿させるリネン製品はどこか味わいがあり、実用性も高いと人気です。今回は、TENJIN factoryのファクトリーショップと工場にお邪魔して、小林新司さんにTENJIN factoryのリネンがどのように織られているのか詳しく伺ってきました。
私は何度かTENJIN factoryのファクトリーショップに伺ったことがあるのですが、TENJIN factoryのショップは何度訪れても、入った瞬間から癒される空間!TENJIN factoryとリネンの世界観が広がっている、とってもステキな場所です。
シルクからリネンへ
TENJIN factoryは、ハタオリマチで3代続くハタヤさん。初代は旅館で取り扱われるような大柄があしらわれた布団生地を、2代目はコートの裏地やネクタイ生地を織っていたそうで、それまではずっとハタオリマチが得意とするシルクで生地を織っていたそうです。
しかし、昔に比べてネクタイの受注が減ってきた危機感から、3代目の小林新司さんはリネン生地の製造に移行しました。日本ではまだリネンがあまり知られていなかった20年ほど前になる2000年頃からALDIN(アルディン)、2006年からTENJIN factoryというブランドを立ち上げ、リネンを専門に織っています。「家のインテリアとしてリネンを使ってほしい」との願いから、TENJIN factoryではカーテン、ALDINではキッチンクロスを初めに商品化したそうです。
ALDINではキッチンクロスや、バックやポーチなどの小物、TENJIN factoryはリネンの素材を楽しんでもらえるカーテンやベッドリネン、タオルなどを展開しています。
実は、夏も冬も大活躍
「リネン」と聞くと、硬い・ゴワゴワしているというイメージをしてしまいがちですが、実は使えば使うほど、色味も肌触りも風合いが柔らかくなり、吸水性もどんどん増していく不思議な繊維。サラリとした独特の肌触りが心地よいリネン製品は、使い始めは硬い生地ですが、洗えば洗うほどに「え!?これ同じ生地なの??」って驚くほど、プルプルとした柔らかい生地になっていきます。
こちらはキッチンクロス。お皿の上に置くだけで、一気に食卓がおしゃれになりますよね!カラーバリエーションが豊富なので、家族で色を使い分けても良いですね。キッチンのタオルハンガーなどにかけて、手やお皿を拭くタオルとしても使えます 。
質の良いリネンは何十年も使うことができるそう。おばあちゃんが使っていたリネンを、孫が使えるほど長持ちするのだとか!TENJIN factoryでは、愛着を持って長く使ってもらいたいという願いから、糸からこだわったリネン製品を作っています。夏は一枚で涼しく、冬は重ねて暖かく使えるため、洋服やベッドリネンとしても一年中使うことができます。
糸の幅を広げた製品も
今まで見ていたリネンとは少し違った色のクロスも見せていただきました。色に深みがあって、カッコいいリネンクロスですね。
写真だとなかなか伝わりませんが、一本一本の糸の色に濃淡があるんです。「スペック染」と言われる特殊な技法で糸を染めると、糸につく染料にムラができるそうです!
「糸を起毛させたものだよ」と、小林さんが見せてくれたのは、こちらの糸。
リネンの糸を、なんと織る前に起毛にしたもの。織られた生地を起毛させるのは後加工として一般的ですが、この細い糸の状態で起毛させることができるんですね。よーく見てください、糸が毛羽立っています。触ってみると、通常のリネンの糸よりも少し柔らかみがありました。
冬に活躍しそうな、より肌触りの良いリネン製品ができそうですね!今までのリネン製品とは少しイメージが変わった糸や生地が、これから続々出てくるのがとても楽しみです!
ゆっくりと織るから出る味わい
TENJIN factoryが使っているのはシャットル織機。見ると、少しレトロな織機!機械萌え的な感情が芽生えてしまいますね。
シャットル織機はレピア織機に比べて織る速度が遅いのが特徴。「カッシャンカッシャン」と、はっきり噛みしめるようなシャットルの音が印象的です。山梨ハタオリ産地の名曲「ハタオリマチノキオク(演奏:田辺玄さん、歌:森ゆにさん)」は、まさにTENJIN factoryのシャットルの音をサンプリングして作られた曲です。ところで、短時間で大量に生地を織ることのできる高速織機ではなく、昔ながらのシャットル織機を使っているのはなぜなのでしょうか。
ヨコ糸を引っ張らないから生まれる、ふわっとした生地
織物は、タテ糸を交互に上下させ、その間にヨコ糸を通すことによって、織られていきます。レピア織機は高速で織るため、ヨコ糸にテンションをかけて糸をピンと引っ張るため、出来上がった生地は凹凸の少ないフラットな生地です。一方シャットル織機は、ヨコ糸が左右に移動する速度が遅い分、ヨコ糸少し弧を描くように移動します。ヨコ糸のテンションが違うため、生地に立体感ができ、ふわっとした風合いになるようです。
セルビッチリネン
「これがセルビッチリネンだよ」と見せてくださった生地。どこか懐かしさを感じる風合いの生地ですね。でも…苦手なカタカナ。セルビッチとは、日本語に直すと「織物の耳」という意味。これは昔ながらのシャットル織機ならではの特徴だそうです。
先ほども触れたように、上下するタテ糸の間をヨコ糸が行ったり来たりして生地は織られていきます。この時、速い速度で織ることのできるレピア織機では、ヨコ糸が左右に移動するたびにヨコ糸の耳を切るので、できた生地の端っこはヨコ糸がピラピラ出ているのが特徴。これを「耳がない」生地と言います。ヨコ糸を引き抜くと、一本スーッと反対側まで抜けてしまう経験、ありませんか?
一方、シャットル織機で織るセルビッチリネンは、シャットルに巻かれた1本の長いヨコ糸が左右に動き続けます。上から下へ、曲線的なジグザグを描くようにヨコ糸が左右に移動します。ヨコ糸が全て繋がっているため、完成した生地の両端からヨコ糸のピラピラがなく「織物の耳」ができます。昔ながらの織機だからこそ、このような味わいのあるリネンが織れるのですね。
実は、シャットル織機はもう生産されていません。部品が壊れてしまったら、シャットル織機の部品を持っている人から譲り受けるしかありません。もし将来部品がなくなってしまったら、3Dプリンター出力等もありえるかもしれませんが…そこで途絶えてしまいます。耳のあるリネンにもお目にかかれません!TENJIN factoryでは、そんな貴重な織機をメンテナンスをしながら大切に使っているそうです。
リネンの糸は、シルクと違って伸び縮みしにくいのが特徴の糸です。織るときにタテ糸を交互に上下させて生地は織られていきますが、このとき、シルクは上下に動かしても伸び縮みするため、糸が切れることはあまりありません。しかしリネンの糸は伸縮性がないため、普通に織ると切れてしまうことが多いのです。そのため、糸が切れにくくなるためにノリをつけて織るそう。だから、使い始めは少しパリッとしているんですね!
ショップには、リネンの原料や、糸になる前のリネンが置いてありました。
リネンといえばヨーロッパ。フランスなどの寒い地域のリネンは、特に強く細い糸が育つそうです。古くからリネンの栽培が盛んです。リネンは、フランスやベルギー・ロシアなどで生産されていて、TENJIN factoryでは厳選されたヨーロッパ原料のリネンを輸入しています。エコテックスの認証がされており、常に、安心・安全な製品づくりを心がけています。リネン文化があまりない日本には、リネン用の紡績機がないため、TENJIN factoryでは海外で紡績、輸入された糸を使用しています。
他産地の力を借りられるのが、日本のいいところ
「日本のいいところは、地域によって織っている素材が異なること」と語る小林さん。ハタオリマチの得意な繊維は長繊維であるシルクやキュプラですが、麻は滋賀県、毛は愛知県など、地域によって得意とする糸が違うのが日本の魅力!TENJIN factoryでは、糸の糊付けは静岡、意匠撚糸は愛知、特殊整理は滋賀、インディゴ染めは広島などで行なってもらっているそう。まさに、旅するリネン!もちろん初めは、ハタオリマチでリネンを織ることに苦労もしたそうですが、織る前後の工程を他産地に任せられる環境が日本にはあるため、0からの苦労はなかったそうです。日本全国の産地で協力することができるため、新しいことにチャレンジしやすい環境が、日本にはあるんですね!
ちなみに、オリジナルリネンのハンカチも20枚〜発注できるそうです!詳しくはMEET WEAVERSをご覧くださいね。
世界中を旅したリネンの糸をじっくり織って作られるTENJIN factoryのリネンは、可愛さの中に懐かしさもあります。糸から生地になるまでの物語を知ることから、より愛着を持って使えそうですね。是非、みなさんにもリネンを育てる楽しみを味わっていただきたいです。