ハタオリマチを熟知した、整理加工の富士セイセン
株式会社 富士セイセン 中島 靖さん 渡辺 広和さん
こんにちは!最近富士急行線が気になる乗り鉄森口です。
富士山の麓である富士吉田市・西桂町は古くから織物のまち。そんな山梨ハタオリ産地には、織物技術とともに産地を支える数々の力があります。
アパレルに携わる仕事をしていて、ふと「ファッションは大好きだけど、そういえば織物のことを全然知らない!」と気づいてしまいました。きっと同じように思っている方々も多いはず。ということで、織物素人の私がちょっとディープな織物の世界を伝えたいと思います!
今回は富士吉田市にある富士セイセンさんを取材させてもらいました。お話を伺ったのは中島 靖さんと渡辺 広和(ひろたか)さんです。
富士セイセンについて知りたい!
富士セイセンでは、糸や布を染める染色の工程と、織りあがった布などを加工・点検・修正する整理加工を行っています。
染色と整理加工の富士セイセン
そもそも、整理加工とはなんですか?
渡辺さん「たとえば、生地に機能を持たせることです。撥水や防炎・抗菌などがあります。カーテンの防炎加工や、マスクになる不織布の抗菌加工もやっています。」
整理加工によって生地を柔らかくしたり、硬くしたりと、風合いを出すこともできるのだそうです。この工程があるからこそ、私たちは安心して繊維に触れることができるのです。織物の準備と仕上げを担うこの工場は、まさに山梨ハタオリ産地の縁の下の力持ちですね!
なぜ、ハタオリマチの富士吉田に会社を設立したのでしょうか?
富士セイセンの歴史
中島さん曰く、整理加工会社としての富士セイセンは地元のハタヤさんによってつくられたそう。それまでハタヤさんは染色・織り・加工作業のほとんどを一貫して行っていました。しかし戦後、多くの工程を個人でやるのが難しくなってきました。そこで、仕上げの工程を一箇所に集めようと考えた地元のハタヤさんたちが協力して、富士セイセンを整理加工会社としたのです。
今は様々な産地から注文を受けていますが、この山梨ハタオリ産地の特徴をよく知っている会社として、なくてはならない存在です。
「だから、この山梨ハタオリ産地に対応した染色や加工ができるんだよ」と渡辺さん。
富士セイセンの強みはそこにあるようです!
富士セイセンはここが違う
山梨ハタオリ産地の代名詞といえば、「先染め」。
染色には主に2つの方法があります。1つは白の糸を織った後、生地を染める後染め。そしてもう1つは、先に糸を染め、色のついた糸を織っていく先染めです。後染めは白い布を一気に染めるので、比較的大量生産に適しています。そのため、染色では後染めの方が一般的。一方で先染めは糸を染めてから織るので大量生産にはあまり適していません。
手間がかかる先染めを取り入れている産地は少ないんだとか。山梨ハタオリ産地が守り続けている大切な技法なのです。
どっちもできるのが富士セイセン
富士セイセンでは、この後染めと先染めのどちらも対応しています。
手間がかかる先染めをどうしてわざわざ取り入れているのでしょうか?
「わかりやすいのだと…」と言いながら、冊子のような物を持ってくる中島さん。裏地に使われる色のサンプルを見せていただきました。
「これが後染めの裏地だよ」と丁寧に解説してくれました。
こちらも十分カラーバリエーションあるのですが、先染めのサンプルも見せていただくと…
後染めと比べると色のバリエーションが多い!糸を先に染めるため、経糸と緯糸の組み合わせが豊富になる先染め。後染めでは出せない微妙な色合いの違いやグラデーションも出せるのだそう。
まさしく山梨ハタオリ産地を支えている技術なんです!なぜ富士セイセンは後染め・先染め、そして整理加工に対応できるのでしょうか?その理由の一つは…
富士山の麓ならでは
「なんといっても水ですね。富士山の湧き水は染色に適した良質な水なんだそうです。水の豊富さも、染色や整理加工にはもってこいです」と、小島さん。渡辺さんも納得した表情でした。
富士山の天然水はこんなところでも活躍していたんですね!もちろん、排水処理も徹底しています。プロの話を聞いていると、謎が深まるばかり…もっと染色や整理加工について知りたい!ということで、渡辺さんに作業風景を見せていただきました。
富士セイセンの染色
まずは、染色の世界を見せていただきました。
渡辺さん「染色は色を決めるところから始まります」
「こんな色にしたい」と注文を受けたら、サンプルをコンピューターに読み込ませます。コンピューターが読み取った色の成分を分析し、データを出してくれます。そのデータを元に薬剤を調合し、試し染めを行うのです。
試し染めは、ビーカーと呼ばれる筒状のものに10gの布と染料を入れて行われます。こんなにたくさん染料があったら間違えてしまいそうです…。この試し染め、何が大変なんでしょうか?
使ってはいけない薬剤を把握する
色をつけるためにはたくさんの薬剤が必要。でも、何でも使っていいわけではないそうです。そして、使ってはいけない薬は日々変わっていきます。棚には数え切れないくらい色のサンプルがあったのですが、使用禁止の薬剤が多く使えないサンプルもたくさんあるのだとか。
「使ってはいけない薬品をきちんと把握するのは大変だけど、それが富士セイセンの信頼に繋がっているんだよ」と、渡辺さん。富士セイセンの厳しい目があるからこそ、体に安全な生地が生まれるんですね。試し染めで色が決まると、いよいよ染色に移ります。
生地を染める 後染め
まずは、織り上がった生地を染める後染めから見せていただきました。
このながーい機械に生地を入れ、水と染料で染めていきます。機械の中を覗くと…水と生地がぐるぐると回っていました。今にでも水が飛び出してきそうなほどの勢いです!後染めは一度に多くの布を染められます。機械から出てきた布はとっても長く、大量生産に適している理由も納得。
せっかくなので、先染めの工程も見せてもらいました。
糸を染める 先染め
渡辺さん「まず、先染めには二つの技法があります。」
「え、二つもあるの?!」と驚いている私に優しく教えてくれる渡辺さん。まずは、長い糸を一気に染めることができる「チーズ染め」を教えていただきます。
チーズと呼ばれる筒状のものに糸が巻いてあります。中を見ると、真ん中の空洞に無数の小さな穴が空いているんです。その穴から染料を流し、糸を染めていきます。後ろに見えているのがチーズの束。その数なんと400個です!400個ものチーズを機械の中で一気に染めていくんです。
なんと400個の糸をセットするのは機械ではなく人の力。糸を丁寧に扱っていることがよくわかります。セットされた糸は、釜のような機械で染められていきます。
長い糸を一気に染めるチーズ染色は、染色の中でも比較的大量生産に向いた染色。長い糸がチーズに巻かれ安定しているため、人の手を介すことが少ないのだそう。人があまり触れない分、性質を保つことができるのだとか。このチーズ染色にも、富士セイセンならではの特徴があるそうです。
チーズ染色でも小ロット
富士セイセンのチーズに巻かれている糸は他より短いそうです。
「本当はもっと長い糸を巻けるチーズもあるけど、富士セイセンのチーズは最小限。小ロット生産の工場だからね。染め上がりのムラが少ないんだよ」と、渡辺さん。チーズの弱点は染色が均一にならないところです。外側の糸は中心の糸よりも染料が届きにくく、色にムラが出てしまいます。富士セイセンでは糸の長さを短くすることでそのムラを抑えることができるんです!
次はもう一つの先染め、かせ染めです。
かせ染めは富士セイセンの強み
かせ染め、どのような染色なのかというと、かせと呼ばれる機械で巻いた糸を染めるのが「かせ染め」。チーズに巻かれた糸よりも短く、小ロット生産に適しています。かせの糸は巻軸がないためとっても不安定。慎重に扱わないとほどけてしまいます。
なぜ扱いにくい糸をわざわざ染めるのでしょうか?
渡辺さん「欲しい色の糸が皆同じ量とは限らないんです。例えば、赤をちょっと欲しい人がチーズを注文してしまったら多すぎるでしょ?かせは小ロットだから少量の注文に対応できるんです。」
なるほど!さらにチーズで生じてしまうムラが出ないことも、かせの特徴だそうです。
単に「染める」と言っても様々な方法があることがわかりました。特に小ロット生産を可能にするかせ染めは、山梨ハタオリ産地を守るためになくてはならないもの。その分手間はかかりますが、こうした工場があるから産地が守られていくんですね!
富士セイセンの整理加工
さあいよいよ整理加工の現場に入りたいと思います!整理加工、まずは何をするのでしょうか?
渡辺さん「まずは、同じ種類の生地をつなげて1つにします」
加工を行うためには、まずは何枚もの同じ生地をつなげていきます。繋げる作業には人の手も必要。
加工へ
生地が繋がると加工に入っていきます。なにやら複雑な機械が…この機械で何をしているのでしょうか?天井まで伸びているとっても大きな機械は、「テンター」と呼ばれるもの。生地に撥水などの加工材を染み込ませ、余計な液を絞り、経糸と緯糸のまがりを修正し、乾燥するという一連の工程を行う機械だそうです。
加工の段階で糸のまがりを直しているなんて知りませんでした!整理加工がいかに大切かがわかります。このような工程を経てるからこそ、私たちは防水機能のある布を使えるんですね。富士セイセンでは他にも、車の座席の中身、私たちに身近な包装や花束を包む不織布なども加工しています。
加工処理はコーティングで終わりではありません。生地を注文通りの幅にするため、生地を伸ばす作業もあります。レールのような機械に生地をのせ、幅を調節していくそうです。
加工が終わると点検に入ります。
最後はやっぱり人の手
生地が上から下に流れて行っています。前に立つ人は一体何をしているのでしょうか?
渡辺さん「糸のズレやほつれを見ているんです。コンピューターでも察知しますが、人の目でも確認します」
生地がすごいスピードで動いていくので、素人の私なら見逃してしまいそうです。これぞ職人技。入念な検査が行われているからこそ、綺麗な生地が出来上がるんですね!生地全体の加工や点検が終わったら、加工がしっかりと施されているか確認します。防水加工した生地に水をかけたり、防炎加工をした生地に火をつけたりするそうです。
これまでじっくりと整理加工についてお話を伺いましたが、特に大変なことを伺ってみました。
てっきり加工の工程についてのお答えがあるかと思いきや…「情報管理だね」と、渡辺さん。以外な一言です。たくさんの生地を日々加工している富士セイセン。どこから届いたものが、今どこの工程にいるのか把握するのが大変だとか。
届いた生地が置いてある場所を見せてもらうと、大量の生地が!
生地だけでこんなにあったら、いくらコンピューターで管理していても大変です。ここで見せていただいた加工はほんの一部。なんと富士セイセンにはなんと2000種以上の加工処方があるそうです!!本当に驚きです。様々な組み合わせの加工処方の中から、お客様のご要望に沿ったものを提案していきます。
そんな富士セイセンの想いについて話していただきました。
富士セイセンが見ている未来
山梨ハタオリ産地として、今後この産地を守っていくために考えていることはありますか?
カーテンの生地から包材の不織布まで取り扱っている富士セイセン。今後は培ってきた経験や資財を織物に生かしたいそうです。
次の世代を担うの若者へ
最後に、これから服飾関係の仕事に就きたいと考えている人や、若者に何かメッセージをいただきました。
「いいものを身につけてほしい。手間をかけて作ったものを手にとってほしいと思います」。小島さんは真剣な眼差しでおっしゃっていました。
近年はファストファッションなど安価に洋服が簡単に手に入れられる時代。織物が当たり前のようにどこにでもあるため、生地ができるまでの手間について考える機会も減ってしまいます。「自分が着ているものは一体どうやって作られているんだろう」、そんなことを考えるだけでも良いものを手に取るきっかけになるはずです。
私は今回の取材を通し、ぼんやりとしていた「手間」を目の当たりにしました。富士セイセンさんのような縁の下の力持ち的存在があるからこそ、産地が守られていくことも知ることができました!プロの方や学校関係者の方々は工場見学も可能とのことです。理想の染色を追い求めていた方や詳細を知りたい方は是非富士セイセンさんまでお問合せください。
住所: 〒403-0008山梨県富士吉田市下吉田4丁目3番1号
電話: 0555-22-1170
ロットと金額:要相談
工場見学:プロの方・学校などの集団は可(要相談)
インターン:不可