アーティストが生み出すテキスタイルの未来 Watanabe Textile
Watanabe Textile 渡辺 竜康さん
ハタオリマチである富士吉田は、ワタナベさんがいっぱいです。そんな私も渡邉です。はじめまして、生まれも育ちも富士吉田、渡邉麗です。そして、今回取材させていただいたのもWatanabe Textileの渡辺竜康さんです。
山梨ハタオリ産地である富士吉田は、ワタナベの名字が多い地域です。「ワタナベさん!」と声をかければ、その場にいる全員が振り向くと言われているほどワタナベさんで溢れています。むしろ、ワタナベさん!と声をかけても、他人事のように誰も振り向かないなんてことも。だからこそ、ハタオリマチである富士吉田では、名前はシタの名前で呼ぶのです。今回の取材も、終始「竜康(たつやす)さん」で呼ばせていただきました。
機屋さんの多くは、家内工業のハタヤ(機屋)も多く、ご自宅の隣に工場があることも少なからず。渡邊織物さんも、ご自宅の隣に工場を併設されています。
取材させていただいたこの日は、ご自宅の居間でほっこりとお茶をいただきながらお話を伺い、その後工場を見学させていただきました。
渡邊織物のルーツ
竜康さんのお爺様の代から続くWatanabe Textile。竜康さんは3代目とのことで、現在は社長であるお父様と竜康さん、そしてお母様の3人で工場を動かしているそうです。
戦後(約70年前)からの歴史だそうで、工場は当時自宅に併設していましたが、その後、自宅の隣に現在の工場を新設されたそうです。
麗「ここではどんなものを織っているんですか?」
竜康さん「当時はジャガード織機(しょっき)が入っていて、ドンスとか着物の帯とか織ってたんです。キンランドンスとかですね。」
…ジャカード織機?ドンス?キンランドンス?なんだそれ…聞いたことない響きだなぁ…ということで、ご説明しましょう!
ジャカード織機とは?
織機には大きく分けて2つの種類があり、ジャカード織機とドビー織機があるそうです。ジャカード織機は、複雑な柄が織れる仕様になっているのに対し、ドビー織機はストライプやチェック、組織織など、比較的シンプルな生地を織るのに適しているのです。
金襴緞子(キンランドンス)とは?
ドンスとは「緞子」と書くそうで、おじいちゃんおばあちゃんの家でよく見る座布団ことです。そうアレ!多くの場合、経糸と緯糸にそれぞれ色の違う練り糸を使って模様を織り出すもので、どっしりとした高級感があり高級織物の代名詞とされています。そして、金襴緞子(キンランドンス)とは、金糸を用いて模様を織り出す織物で、お寺の座布団だったり、身近なものでいうと神社でよく見るお守り調度品、礼装用の帯地などに使われています。キラキラしている糸を織り込んで柄にしているものが金襴緞子です!
社長であるお父様は中学卒業後すぐハタヤ(機屋)にはいって、ものづくりを始めたそうです。お父様が現場に入ったばかりの頃は、座布団やネクタイ、傘、服地など、時代の流れに合わせてなんでも織っていたそうですが、お父様が裏地の製造に特化させたのは、20〜25年くらい前のこと。そのタイミングで、織機を総取り替えして、ドビー織機を導入したそうです。
渡邊織物の強みについて教えてください!
竜康さん「織機のメンテナンスを自分たちでできることですね。織機に不具合が生じてもメンテナンスに関して親父が熟知しているから、トラブルがあった時にすぐに対応できるのは強みだと思います。裏地はきめ細かな肌触りに仕上げるために、織機で扱う糸がすごく細くて本数も多いから、トラブルなく織り続けることが難しいんです。通常だと、場合によっては織機を止めて職人さんを県外から呼んでこないといけなくて、その度に仕事が止まってしまうクライアントにもご迷惑をおかけしてしまいます。」
お父様は織機の音で、機械の調子がわかるそうです。まさしく職人!
ところでみなさん、知っていましたか?Watanabe Textileは織機が24時間動きっぱなしだそうです。もちろん、途中で糸が切れるなどのトラブルがあれば、機械は自動的に止まるそうですが、基本的には24時間動いているそうです。でも、髪の毛よりも細い糸を問題なく織り続けるのは至難の技ですよね。それにも関わらず、24時間織機が稼働できるのは、やはり日頃のメンテナンスあってなのでしょう。
こちらの煙突の写真、何だと思いますか?実は、加湿器で煙突から蒸気を出しているのです。空気が乾燥すると静電気が起こりやすくなり、ちょっとした糸の変化に織機のセンサーが反応し、織機が止まってしまうからです。静電気を起こさないようにするため、工場内の湿度を調整しながら保っているのです。
最近よく聞く、ハタオリマチの課題。
素材を作り出せる職人はいても、その素材を生み出す機械を直せる職人がいない。そして、機械自体の需要がそれほどないため、部品も生産されていない。そんな課題に対し、渡邊織物では破棄される織機の知らせを受けると、部品を引き取らせてもらい、自社の織機が壊れた際の交換パーツとしてストックしているそうです。
みなさん、織機って実際に見たことありますか?
ガシャンガシャンと大きな音をたてて動く、言ってみれば鉄の塊。そんな機械ですが、少しでも糸が毛羽立てばセンサーで止まってしまうんです。とても繊細で人の手でも簡単にプッツと切れてしまうような細い糸から、この機械と職人のコンビネーションによって一枚の布が作られていくのです。ほんと、不思議。
織物の生地って、機械があってポチッとボタンを押せばできるものではないんですね。
建築士・フォトグラファーとしての表現活動からものづくりへの想い
麗「竜康さんはフランスのweb雑誌 Les Chroniques Purple にフォトグラファーとして参加していると伺いましたが、竜康さんがハタヤ(機屋)になるまでの経緯を教えていただけますか?」
竜康さん「もともと、大学では建築を学んでいて、建築模型を撮ることをきっかけにカメラも始めたんです。」
現在は機屋を継いでいますが、建築士でもあり、フォトグラファーでもある竜康さん。この3つに共通するキーワードが「ものづくり」そして「表現活動」だそうです。
竜康さん「大学在学中から働かせてもらっていた設計事務所で、卒業後も働かせてもらいました。建築を勉強していた頃は、何もないところからものを作り出すことが楽しかったんです。でも、なかなか自分の作りたいものがつくれないという現実と、長男という立場から家業も気になっていました。」
そして、事務所を辞め、いったん建築を離れて、ハタヤ(機屋)としての道を歩んでみようと思ったそうです。
竜康さん「工場に入ってからも好きな建築の勉強は続けているし、今でも表現活動として写真も続けています。でも、少し前まではまだ家業である機屋は仕事という意識のほうが強くて、クリエイティブなものづくりという意識は低かったように思います。」
竜康さんは工場に入って17年が経つそうですが、他者ブランドの製品を製造するOEMがメインで、2年前までは裏地しか織っていなかったそうです。裏地自体の仕事も減ってきている現実もあって、裏地だけで今後もいいのかという不安があり、自分で何かやらないといけないなという思いも持つようになったそうです。
仲間のハタヤさんから受けた刺激で創作意欲への意識改革が起きる
麗「織物に対する竜康さんの考え方が変わるきっかけはなにかあったのでしょうか?」
竜康さん「仲間の機屋さんから、製品の写真撮影を頼まれて撮ったんです。その撮影のお礼にシルクの太い糸をもらって、それが一つのきっかけになりました。そのシルクの太い糸にはしばらく手をつけなかったんですけど、ふとしたタイミングで緯(ヨコ)糸にセットしてみたら、意外に織れたんだよね。この織機はキュプラっていう素材しか織ってはダメという固定概念があったんだけど、親父の目を盗んでやってみたんです。好奇心でやってみたけど、それまでキュプラしか織ってこなかったことを考えると、自分にとってはありえないタブーなことだったんです。」
竜康さん「当時は裏地しか織っていないことに、コンプレックスもあったのかも。でも、今は超楽しいです!」
ものづくりができている今現在が充実しているという竜康さん。デザインをやりたい、自分の内側から出てきたものを作りたい、そんな思いが織物の中でも表現できると思えた瞬間だったそうです。
竜康さんが工場に入って15年間は、表現活動と家業は分離していたそうです。でもここにきて、やっと繋がりだしました。それは生地の中でも、自分を表現出来るようになったからだそうです。
建築・写真・機屋が繋がって起こり始めた化学変化とは?
麗「建築・写真・ハタヤ(機屋)がつながって、どんな変化が起こりはじめているのでしょうか?」
竜康さん「今は見た目だけではなく、機能まで考えられたものづくりをしたいと思っています。例えば、表は服地としての見た目を意識した生地、裏はすべりがいいツルツルとした生地を一枚仕立てでつくる。それって、デザイン性だけでなく機能も考えられた意味のある製品になると思うんです。」
竜康さんにとって、これまで建築や写真は表現活動として自分のやりたいことであり、ハタヤ(機屋)はあくまでも仕事でした。でも、テキスタイルやプロダクトを作り始めてから、ただの仕事としてやっていたハタヤ(機屋)の仕事が、建築・写真に並ぶ自分の表現活動になりはじめたそうです。バラバラだった動きが、今ひとつになって新しいことが生まれる予感がします。
表現媒体が増えた今、竜康さんは「超楽しい!」そうです。
キュプラの可能性を広げていきたい
竜康さんは、キュプラの可能性を広げているともおっしゃっていました。ここでひとつ、そもそもですが、キュプラってなんでしょう?
キュプラとは、原材料はコットンで、綿花の種の周りについている産毛を溶かして糸にしたものだそうです。再生繊維だけど、天然由来・天然素材で、糸自体に水分を含んでいるため静電気も起きにくく、糸の断面が丸く滑りやすいことから、裏地に適しているそうです。
そんなキュプラを追求することで、一枚仕立てで、表地と裏地の見え方・肌触りの異なった生地を作ることができるそうです。これは革命的ですね!!とはいっても、簡単なことではなく、機械の歯車や回転速度を調整し、糸の張り方や、糸を運ぶタイミングも細かく設定しないといけないといいます。
この道具、レピヤといって、織機の糸を運ぶパーツです。このレピヤも状態によっては糸をつかんだときに糸が切れてしまうため、念入りにヤスリをかけ、細かい手入れが求められるパーツです。
本当に、奥が深い。
ハタオリマチには織るプロフェッショナルが数多くいますが、デザインを提案する人がなかなかいないのが現状。ハタオリマチで、作る機能をもちながら、表現できる人がそこにいる、それって最強だなと純粋に思いました。
これから自分が何を作っていくかが、すごく楽しみだと話す竜康さん。
竜康さん「トートバックをつくったり、ブランケットをつくったり、自分でデザインして製品としての形あるものを作ることで、自分の表現を表に出していきたいなと思っています。」と、今までの裏地とは違った可能性を広げています。
実はこのトートバック、2種類の素材から出来ているのですが、縫製をしてあるのではなく、1枚の生地なのです。
竜康さん「つくるのは大変だけど、手間をかければできる。そういった、いままでにないものづくりをしていきたいんです。」と、ものづくりへのこだわりをとことん追求しているアーティストがそこにはいました。
ハタヤ(機屋)の後継者として、新しいものづくりが見えてきたと竜康さんは言います。今までやってきたことがつながって、それは必然というか、なるべくしてこうなったとも思えました。
これから未来に向けてのアプローチは?
麗「今チャレンジしていることなどはありますか?」
竜康さん「実は、ブランケットに、クッション、トートバックなど今プロダクトをつくりをはじめたところです。」
また、将来的には、工場と併設した売り場も作りたいと考えているそう。
竜康さん「工場も見てもらえて、そこで商品を買ってもらえたら嬉しいなと。半分工場、半分アトリエなんていいかも。例えて言うなら、お寿司屋さんかな。ネタがあって、職人が目の前で布を織るところから作って、消費者が見て、製造と消費がその場にあって、製造者の顔も消費者の顔もが見られる。こんなスタイルを織物でも出来たら理想かもね。」
竜康さんのお話を聞きながら、建築・写真・テキスタイルの要素が詰まったかっこいいファクトリーショップができるのではないかと、期待が膨らむと同時に、これからの活動がとても楽しみに感じました。
竜康さん「自分が作りたいものを、自分の内側から湧いてきたものを作りたい。それは流行とかではなくて、自分自信のものづくりで、それを大事にやっていきたい。カメラのライカのような、何年も使い続けられるような、そういうものを作れたらいいかな。次々に新製品をというよりも、改良を重ねて渡邊織物の定番ができたら。」と力強く竜康さんは話してくれました。
今回の取材を通じて、竜康さんの人柄と、ものづくりに対する思いがとても伝わってきました。ハタオリマチには課題はあるかもしれませんが、竜康さんのように、「今が超楽しい!」と感じさせてくれるものづくりが、このハタオリマチである富士吉田から今後も発信されていくことを私も期待しています。
会社名: Watanabe Textile
住所 山梨県富士吉田市富士見5-7-18
0555-22-4240
営業時間 9:00〜17:00
最小ロット 50m〜
工場見学 可
インターン 不可