東京造形大学デザイン学科テキスタイル専攻の名誉教授 大橋 正芳さんが注目する、全国のテキスタイルをはじめとした展示紹介コラムです。「テキスタイル老師ぶらり旅」略して「テキぶら」どうぞお楽しみください。

2019.12.17

ぶらり、トーハク


東京国立博物館をその筋に人は「トーハク」(東博)と言います。京都国立博物館を「キョーハク」、奈良国立博物館は「ナラハク」、こういう言い方をするとなんとなくプロっぽいので、私もそう言っています(笑)。
しかし今では、ウィキペディアは「愛称」としてトーハク、キョーハク、ナラハクを書き込んでいますし、東京はむしろ自ら積極的に「トーハク」を使い、トーハクくんというキャラクターまで・・・のっけから雑談でした。

トーハクでは11/24まで特別展「正倉院の世界」が開かれていました。
大変な人気で、開催中は長蛇の列ができる日々。しかし、そんな時でも、行列を尻目にゆったりと名品たちを観ることができるのが本館の展示です。
染織品の展示は、2階の9室「能と歌舞伎」、10室「浮世絵と衣装–江戸」が見どころです。
写真は10室で、ここには江戸時代の衣装と浮世絵が展示されていて、現在展示中(2019.10.22〜12.25)の目玉はこれ!!

鋭い楔形の中に5mmほどの四角い絞りがびっしりと並んだ「鹿子絞り」と、小さな花や鹿などがこれもびっしりと「刺繍」された、脅威的な模様です。

重要文化財「小袖 染分綸子地若松小花鹿紅葉模様」

漢字だらけの名称ですが・・・綸子を楔形に染め分けて、密度の違う2種の鹿子絞りが交互に(黒地と紺地)施され、他は黒字に「若松」「小花」「鹿、紅葉」模様を刺繍した小袖(衣装の形式)、ということが読み取れます。

緻密な仕事ですが全体に力強さがあって、この雰囲気は桃山文化を背景にした慶長期(1596〜1615年)のものといわれます。
絞りと刺繍の職人の技に圧倒されますが、誰がデザインしたのか、そもそもデザイナーはいたのか、知りたいものです。
“小袖”は今の着物につながる形式ですが、この小袖はハショリがない対丈(ついたけ)で、袖は丸みを帯びて袂(おくみ)がありません。今の着物より自然で着やすそうに見えますが、どうでしょう。
次は、これも有名な一領(りょう=衣服や鎧を数える単位)で、時代は元禄(1688〜1707年)後期のものといわれています。


「小袖 白綸子地枝垂楓笠模様」

白の綸子地に枝垂れた楓と笠が模様の小袖・・・模様が大きく構成され、動きがありしかも優雅です。しかし、慶長期の模様に比べて力強さは後退していて、技法は鹿子と刺繍で同じなのですが、鹿子は型鹿子、つまり型紙で染めた模様で絞りではないのです。鹿子絞りが贅沢だということでしばしば禁止されたそうですが、その抜け道だったという説があります。

型でもいいから鹿子模様が欲しい、というのが時代の求めだったのでしょう。
ところで、模様は小袖の縫い目を越えてつながった一つの大きな構成になっている、いわゆる絵羽模様です。これは平面的な小袖スタイルならではの特徴といえます。
元禄中期以降に発達した友禅染により、その特徴はフル活用されます。


「小袖 浅葱縮緬地唐山水模様」

浅葱色の縮緬地に唐山水(まだ見ぬ遠い国の風景。蓬莱山とも)模様の友禅の小袖です。
元禄期の流行りの扇絵師・宮崎友禅の絵画的な模様を、染め技法で表すために生まれたのが今でいう友禅だと言われています。細い糊の線で模様の輪郭をまさに描いて、それから一色一色彩色する友禅の小袖は、このままで一幅の絵画です。
絵画的な模様の染物は他の国にもありますが、衣装の姿で絵画的な模様は、日本の独自の特徴といえそうです。

10室には他にもたくさん展示されていますが、この辺りで次の部屋へ・・・
9室は能衣装や歌舞伎の衣装が展示される一室で、現在(2019.10.22〜12.25)は岐阜県関市・春日神社所蔵の衣装が展示されていますが、東博所蔵品ではないので撮影ができません。
5、6室は「武士の装い–平安〜江戸」で、刀剣や鎧などが展示されていますが、陣羽織が面白い。


「陣羽織 緋羅紗無地 三盛雁丸紋付」「陣羽織 白地花唐草模様緞通」

いずれも江戸時代のものですが、左は緋色の羅紗(らしゃ)つまり毛織物(ウールの織物)。右は白地に花唐草模様の緞通(だんつう)、つまり敷物ですね。

羅紗も緞通も舶来(はくらい=船に乗って来る=輸入)ですから高価なもの。それを「これ見よがし」にまとうのが陣羽織ですから、厚い敷物まで羽織ったのでしょう。
戦国武将の遺品に羅紗の陣羽織は多く、信長や政宗は緞通の陣羽織も所蔵していたようですが、戦のない江戸時代でも作っていたんですね。
衣装の機能、つまり着るものの働きの一つに“見せる”ことがあります、まさにその典型でしょう。

古いテキスタイルのお話でしたが、新しい仕事のためにときには古いものも学びましょう。たまにはトーハクへぶらり・・・皆様もぜひ。


この記事を書いた人



  • 大橋正芳

    東京造形大学でテキスタイルデザインを学んで4年+卒業とともに大学に残って46年=50年の造形大人生。リタイアしても「こんなの見てきたよ!」をまだまだ続ける老元教師。日本の手仕事を守り、伝える「手仕事フォーラム」の共同代表。

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