ナガオカケンメイ氏×鈴木マサル氏 長編対談01「これからのいいものづくりとは?」
01
『時間が証明する
“いいデザイン”』
「これからの暮らしや産業の行く末はどこへ?」
その土地と暮らしの中で長く愛されている「ロングライフデザイン」、つまり長く愛されてきたという「時間」が証明する“いいデザイン”。そんな感性のものさしを、自然や科学、働き方や経済が大きく変化しつつある現代において、いま一度見つめ直すことが、これからの暮らしや産業の根幹を醸成し、よりよい循環を育むはず。
そう考える山梨県〈山梨県産業技術センター富士技術支援センター(以下、富士技術支援センター)〉が、「ロングライフデザイン」を提唱する〈D&DEPARTMENT PROJECT〉のナガオカケンメイさんと、『フジヤマテキスタイルプロジェクト』を監修するテキスタイルデザイナーの鈴木マサルさんを招いて、2019年11月8日に、山梨県富士吉田市でクロストークを開催しました。
・正しいデザインとは何だろうか?
・「長く続くいいこと」の幹となる創意工夫
・中国では、富裕層が閑散とした地方を買って、未来の文化に投資している?
・「伝統を変えずに変える」老舗のデザイン
・民藝に習う「美しいと思う心」
・産地は、半年休んで「気づき」の時間を?
・「世の中にすでにあるものを拾い上げること」もデザイナーの仕事
・『d design travel』で気づいた
「地形がもたらす『ロングライフデザイン』」をもう一度 など
率直な問いを投げかける鈴木マサルさんと、その問いに明朗な言葉で答えるナガオカケンメイさんのやりとりからは、これからの産業を考える源泉が…。約90分の対談を、ほぼ文字起こし丸ごと、3部作でお届けする長編対談から、これからの“いい”を考えていきませんか。
【これからのいいものづくり 01】ナガオカケンメイ氏×鈴木マサル氏 長編対談
『時間が証明する“いいデザイン”』
【これからのいいものづくり 02】ナガオカケンメイ氏×鈴木マサル氏 長編対談
『心が美しくないと美しいものなんてつくれない』民藝に学ぶデザイン
【これからのいいものづくり 03】ナガオカケンメイ氏×鈴木マサル氏 長編対談
『その土地ならではの個性が、新しいを生み出す財産になる』
ロングライフデザインのこと
「正しいデザイン」っていうものが
世の中にあるとしたら、何だろうって考えていた
ナガオカケンメイ氏:えっと、僕のテーマは「ロングライフデザイン」と言いまして。つくるのって楽しいなぁと思うんですけど、僕の場合はちょっと、ちがっていまして。最初に活動のテーマを決めて、実行する。で、「ロングライフデザイン」を日本語訳すると、「長く続いていくすばらしい個性」とか訳していて。これを僕らは、「d」のマークをシンボルにして編集しています。この下に「travel」とかつくと「長く続いているその土地らしさ」みたいなものを、一冊にまとめる編集というようなことをしていて。
『d design travel』は一年に2冊、自腹でつくっている観光ガイドで、今26冊目。あと13年くらいで47都道府県が完成するんじゃないかと。まぁ、途中で僕は多分、この世からいなくなるので、今は編集長を交代して3代目。で、僕は発行人という立場でやっています。
発行するに至った経緯は、僕はグラフィックデザイナーでもあるので、「正しいデザイン」っていうものが世の中にあるとしたら、何だろうって考えていたというか。「時間が証明したものが、いいデザインのひとつなんじゃないか」と思って。で、「時間が証明したようなものを、トラベルガイドにしてみたい」ということを思って始めました。これには僕らの編集の考え方があります。
『d design travel』の編集の考え方
*感動しないものを、決して取り上げない。本音で、自分の言葉で記事を書く。
*問題があっても、素晴らしければ、その問題を指摘しながら薦める。
*取材相手の原稿チェックは、事実確認のみ。
*ロングライフデザインの視点で、長く続くものだけを取り上げる。
*写真撮影は、特殊レンズなどを使用して誇張しない。ありのままを撮る。
*取材した人や場所とは、発行後も継続的に交流し続ける。
ナガオカケンメイ氏:最近は地元の人とワークショップをしながらつくる、ということもやっています。【観光・レストラン・ショップ・カフェ・宿泊・人】の6つのカテゴリーに分かれてもらって、「自分の土地らしいカフェはどこだろう?」とか真剣に議論します。で、これよく言われるんですけど、「今までこんなことやったことがない」と。「自分の土地らしいレストランはなんだ? なんて考えたこともなかった」と非常に盛り上がります。これを本当にたくさんの地域でやっています。『d design travel』は都道府県単位ですが、「市町村とかの単位でもやってください」という声が非常に多くて、最近は埼玉県熊谷市から頼まれて。半年かけてワークショップ号をつくりました。
だけど、うちの会社的には非常に手間がかかるわりに、まったくお金が儲からないという(笑)。なにやってんだかわかんないけど、まあいっか(笑)っていうプロジェクトです。
で、「長く続くいいこと」を考えて、ミュージアムで47都道府県を常に展示するというものを、渋谷ヒカリエの〈d47〉と〈D&DEPARTMENT〉の店舗で企画しています。
『FROM LIFESTOCK』のこと
〈D&DEPARTMENT〉の商品の考え方
ナガオカケンメイ氏:そして2014年から、山梨や全国のハタオリ産地といっしょに企画しているのが『FROM LIFESTOCK』ですね。
▲『FROM LIFESTOCK』プロジェクトは、日本各地にある生地産地の「個性」とその土地で息づく「技術」を、生地見本や残布を“生きた在庫”として再利用したオリジナルグッズの販売を通じて、日本の織物の素晴らしさを若い世代に実感してほしいと考え、2014年にスタート
ナガオカケンメイ氏:「DEAD STOCK」と言うには、上質で、捨てるにはもったいないということで、「LIFE STOCK」と名付けて、この活動をみなさんといっしょにやっています。〈D&DEPARTMENT〉ではこれまでも、捨てられてしまう瓶にプリントをして、商品化したりとかもしてきました。で、僕たちの商品の考え方というのものがあります。
地球のためになる
↑
世界のためになる
↑
日本のためになる
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その県のためになる
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産地のためになる
↑
家業のためになる
↑
作り手のためになる
ナガオカケンメイ氏:これ全部を網羅するもので、地球のためというと非常に大げさですけど。
ある作家さんを紹介したり、商品を販売することで、何が起こるかというと。例えば、その作家さんが有名になって、その作家さんだけが、お金もちになってしまうんだったら、もったいない。その作家さんがその土地に根を張って、その県のためになるかどうか、という意識をもって、商品の設定をしています。
「すべての文化度を上げないと、次の消費がやってこない」
中国の富裕層が村を買っている理由
ナガオカケンメイ氏:僕らは2018年10月に、中国の田舎の奥地に〈D&DEPARTMENT〉をつくりました。実はここ数年の間、中国の超富裕層が、過疎化した村をまるごと買って、ゆるやかな観光地に仕立て上げるということが、すごく流行っていまして。それがなぜか? というと、中国の経済って、ほとんど頭打ちで、このあと何が起こるかっていうと、日本と同じようなことが起こるだろうと。そこで彼らは何を考えているのかというと、「中国すべての文化度を上げないと、次の消費がやってこない」ということで。こういう、いわゆるお金儲けの観光ではなくて、「文化意識を高めるための投資」を始めているわけです。その真ん中に〈D&DEPARTMENT〉をつくろうということで、やっています。
週末はにぎわうんですけど、平日は一人来るか来ないか(笑)。なんたって、目の前に人が歩いてませんので。ただ、ものすごく、つくりこんでいますので、とってもいい場所です。ぜひ行ってみてください。
▲2018年10月、中国の黄山にオープンした〈D&DEPARTMENT HUANGSHAN〉の視察風景(「中国黄山店ができるまで」より)
ナガオカケンメイ氏:最近の自分の話ばかりであれですけど、2日前に韓国のチェジュ島ということにいまして、今〈D&DEPARTMENT〉の一番でかいのをつくっています。これは3Fがホテルになっていて、ホテルでは、タオルが今治で。で、「その土地で長く伝わっている食文化を伝える」ということで、食堂もやっています。
で、その他の活動では、観光ツアーをしたりとか。この前、首里城の観光ツアーをしたばかりで。その10日後に燃えてしまいまして。本当にびっくりしました、泣きましたが…。最近はそんなことをやっています、はい。
▲2020年春、韓国のチェジュ島にオープン予定の〈D&DEPARTMENT JEJU by ARARIO〉。初となる体験型宿泊施設を併設するほか、チェジュ島の食文化や郷土料理を伝えるd食堂、生活用品や地域の物産を販売するストアも。建築設計は〈スキーマ建築計画〉の長坂常さん
老舗のデザイン
「変えずに変える」
ナガオカケンメイ氏:あとは「長く続くものをデザインする」ということで、グラフィックデザイナーなので、デザインの仕事をやっています。「IKEUCHI ORGANIC」さんのロゴマークや、お花屋さんのマークをデザインしたり。最近やったのが、「養命酒」のデザインです。40年ぶりに。依頼は、「なるべく変えないでください」というものでした。老舗のデザインというのは、「変えてしまってもいいこと」と「変えてしまってはいけないこと」があって。要するに、古くなったんじゃなくて、“古くさくなった”ということで、その古くささを払拭する仕事でした。
あとは出版。『d design travel』という、自社出版なんですけど。出版物をつくったりもしています。で、今日も同席してるライターの西山薫さんと、日経デザインという雑誌で、『つづくをつくる』という連載をずっとやっていたんですけど、これがちょっと面白い本なので、ぜひ読んでみてください。
「ロングライフデザイン」とは?
ナガオカケンメイ氏:さて、「ロングライフデザイン」をなぜテーマにしているのか? というと、これまでの日本は、どこも似たようなところになってしまっていると。似たようなものをつくって、似たような風景になって、商業施設も似ていると。それではよくないなぁと。で、デザインとかデザイナーというのが、「新しくものをつくる仕事・職業」だったんですけれども、それからだんだん「すでに世の中にあるものを見直す仕事」にもなっていった方がいいなぁ、ということで、自分は「ロングライフデザイン」というテーマで活動をしています。
ちなみに、「ロングライフデザインの定義」って、自分たちでつくっているんですけれども、これは2000年につくりまして、実は最近変わりました。それはまたあとで紹介します。
1 修理 修理して使い続けられる体制や方法があること
2 価格 継続する経済状態を生み続ける適正な価格であること
3 販売 売り場に作り手の思いを伝える強い意志やつながりがあること
4 作る 作り手に「ものづくり」への愛があること
5 機能 機能的で使いやすいこと 最新機能を売りにしないこと
6 安全 危険な要素がないこと 安全であること
7 計画 流行を追わずに、自分たちで計画した生産スピードであること
8 ファン 生産者、販売者、使い手の間に、支えたい思いがあること
9 環境 いつの時代の環境にも配慮があること
10 デザイン 美しいこと
その土地ならではの個性が、「新しいを生み出す財産」になる
ナガオカケンメイ氏:都会によくいるようなデザイナー、鈴木先生はちょっとちがうと思いますけど(笑)。「デザインよければ、たくさん売れる」って声を聞きますけど、実は、ものにはデザイン以外の9項目があって、これを大切にしないといけない。まぁ今は、そういう時代になってきたんでいいんですけれど。
ちょっと余談で…。昔のデザインでいうと、 例えば〈スターバックス〉。これが〈富山県運河環水公園〉というところにあって、当時は「世界で一番美しいスタバ」と言われていましたけれど。時代がどんどん変わっていって。
▲富山環水公園店のスターバックス(google画像検索のスクリーンショットより)
▲神戸北野異人館店のスターバックス(google画像検索のスクリーンショットより)
ナガオカケンメイ氏:これが神戸にある〈スターバックス〉で。最新のスタバってこうなってるんですね。もう看板をとったら、「その土地で長く続いていた、ずっとあったものに戻る」という。こんなふうに、世界企業ですら、「その土地ならではの個性を、新しいものを生み出す財産」というふうに位置付けていて。…こういう状況を受けて、さっきの10項目が4項目に変わりました。
・根付く
・健やか
・仲間
・歴史
「根付く」
というのはやっぱり、その土地で根付いているものを、大切にしていこうというような試みですね。
「健やか」
というのは、働く人も、雇う人も、材料を生産する人も、みんながやっぱり健康じゃないといけないと。まぁ、儲かればいいという話だったりとか、お金がいっぱいもらえればいいって話では、全然なくなってきたってことですね。
「仲間」
一人ではできないことを、みんなで達成する喜び。
「歴史」
続いていく歴史ですね。歴史にコミットするってことが、幸せにつながるんじゃないかな、というようなことで。1分オーバーしましたけど、僕の話は以上です(笑)。
つづく
ナガオカケンメイ
日本のデザイン活動家。〈D&DEPARTMENT PROJECT〉ディレクター。『d design travel』発行人として、47都道府県の「その土地らしさ」「長く続くいいもの」を編集。渋谷ヒカリエの〈d47〉のミュージアム〈d47 MUSEUM〉では展示を、併設するストア〈d47 design travel store〉では息の長いその土地らしい工芸や食品を販売。さらに食堂〈d47食堂〉も運営している。『ナガオカ日記』や有料メルマガ『もうひとつのデザイン』を日々更新中。
鈴木マサル
テキスタイルデザイナー。〈東京造形大学〉教授。ファブリックブランド『OTTAIPNU』主宰。〈(有)ウンピアット〉取締役。2009年から山梨のハタオリ産地と『フジヤマテキスタイルプロジェクト』を始動し、産学連携のオリジナルデザインプロジェクトを手がける。2014年から北日本新聞社とスタートさせた『富山もよう』で、2019年にグッドデザイン・ベスト100を受賞。
text&photo ふじよしだ定住促進センター〈FUJIHIMURO〉編集部