産地を支える力 オリコウさんをご紹介

織り成す可能性は無限大!? 模様の設計士・紋意匠の仕事

宮下織物㈱ 宮下珠樹さん


織物はタテ糸とヨコ糸の組み合わせでできています。しかし、山梨のハタオリ産地で織られているものを見ると、ホントにそうなの!?と信じられないような織物も。

例えばこの柄。アンティークのレースを織り模様で再現し、布の上に乗っているようなデザインになっています。こういった柄もすべて、どんな糸をどんな組み合わせで使い、織り目ごとにタテ糸とヨコ糸を上に渡すか下に渡すかを決めることでできているんです。

ハタ印をご覧のみなさんこんにちは。装いの庭の藤枝です。今回ご紹介するのは、デザイナーのイメージや頭の中に浮かんだデザインを糸の組み合わせと織組織で布に仕上げる「紋意匠」のお仕事。想像を越えて奥深く、緻密な世界がそこにはありました。取材させていただいたのは、高密度の先染め織物を得意とするこの産地の中でも、特に繊細な模様を多くデザインし、一流ブライダルブランドの布や有名ミュージシャンのステージ衣装に採用される宮下織物のテキスタイルデザイナー・宮下珠樹さんです。

紙の上の図案が布になるまで

紋意匠の仕事の流れは大きく下記のようになります。

工程その1.図案決定
工程その2.タテ糸、ヨコ糸の設計
工程その3.織データの作成
工程その4.紋紙におこす
工程その5.試し織、修正
工程その6.本番製作

今回は最近特に大変だったという先程のレース柄を見本にして、流れを説明していただきました。

工程その1.図案を受け取る

宮下さん「最初届いたイメージはこれです。アンティークのレースを元につくられたものですね。このままでも素敵なのですが、織機で織るにはタテ糸とヨコ糸の本数や種類を決めたり、模様の幅を決めて指示をしてあげなくてはいけません。

藤枝「紙の上にたてよこの線が入っていますね?」

宮下さん「はい、これはリピート(模様のつながりの1単位)の大きさを測っています。この寸法でタテ糸、ヨコ糸の本数を出すんです」

宮下さん「クライアントさんの希望のイメージを汲み取り、織りならではのルールに沿った図案を作っていきます。このケースでは写真ですが、イラストのこともありますし、わたしが一からオリジナルを作ることもあります」

工程その2.タテ糸、ヨコ糸の設計

宮下さん「絵柄が届いたらこの図案を織物にどう表現するかを考えていきます。平坦に見せるのか、立体的に見せるのか、カラフルに見せるのか、軽く仕上げるのか、緻密に仕上げるのか。そういったことを考えながら、経糸と緯糸の組み合わせを考え、柄の大きさを決めていきます」

藤枝「選択肢がとても多いですね。それぞれによって使う糸や織り方が全然違うんですか?」

宮下さん「はい、違いますね。この柄はヨコ糸に150Dという太さの糸を使っています。そして、布の上にレースが乗っているように見せるため、少し膨らませたいので間に細めの伸縮糸を入れました。平坦にしたければ細めのだけでいこうかとか、伸縮糸も太さによって膨らみ方が違って、例えば太い糸を間にはさむことによって、中綿入りのようにふかふかの布を作ることもできます」

織物に使われている糸。同じようでも太さや特性でいくつも種類があります

こちらが中綿入りのふかふかの布

藤枝「こんなことも織の設計でできるんですね!」

宮下さん「糸使いが決まったら、先程のタテヨコの寸法の出番です。これは柄の大きさを糸の本数に直すためのガイドです。この柄はタテ糸960本を1柄にすることにしました。そして、ヨコ糸の密度を決めたら次の工程に進めます。」

※ここの説明と計算、宮下さんはさっとお話されましたが、全然理解できませんでした。

工程その3.織データの作成

宮下さん「柄の大きさと糸の本数が決まったら、画像を取り込み、パソコン上での作業に移ります。まず読み込んだ画像をタテヨコの本数に合わせて解像度を変更します。この柄の場合はタテ糸960本×ヨコ糸420本です」

ここからの工程、しばらくパソコンの画面での作業になります。本当に長い時間と労力をかけた作業が続きます。

長時間の作業になるため色彩を押さえて目が疲れないようにします。タテ糸に対して、太いヨコ糸を使うので織り目の数に合わせると画面上では縦に潰れます。

宮下さん「織機の設定で宮下織物の場合、タテ糸は2本の糸を1pixにするためマス目に直したら480×420(=201,600マス!)の1マス1マスについてタテ糸を表に出すか、ヨコ糸を表に出すかを決めていきます。はじめに大まかな柄の模様を整え、全面に拡がったときのタテヨコのつながりを整え、細部のマスをひとつひとつ仕上げます」

拡大し、ひとつひとつのピクセルを整えていきます

ある程度形の輪郭をつくったら模様のつながりも整えていきます

藤枝「パソコンで拡大しますが、実物ではmm以下の作業ですよね。ものすごく細かな作業です、日本一細かい作業をしているのではないでしょうか?」

出来上がった部分は色を分け、こまめにファイルを保存していきます。たくさんの履歴を見せていただきました

宮下さん「米粒に絵を描いたり、鉛筆の芯で文字を作る人もいますからね。そういう人たちには負けます(笑)」

藤枝「……比較対象、そこですか?」

工程その4.紋紙におこす

宮下さん「模様がきれいに整ったら別のパソコンにデータを移し替えます。今までは画像の作業で、次は専用のソフトで紋紙と呼ばれる織機の糸の上下を指示する紙を作るためのデータに変換していきます。ベタ面が広いところは織組織を入れて、色は表に出しながら糸が飛びすぎないようにしたり、同じベタ面でも場所ごとに組織を変えると柄に奥行きが出るので、そういうことを考えながらデータにしていきます」

藤枝「整えたデータをただそのまま流し込むのではなく、どのような織の組織にするのかさらに細かいところを決めていくんですね」

紋紙とは?

これが紋紙。穴の開いているところと開いていないところで織機の針を動かし、この一枚にヨコ糸一列分の指示が詰まっています。長いものでは数十メートルの長さになることもあるそう。織物はタテ糸とヨコ糸の上下の組み合わせで2進法で今の電子機器の仕組みと一緒なんです。今みなさんが見ているパソコンやスマートフォンのご先祖様ですよ!

紋紙が保管されているところ、数mのものから数十mの長さになるものまであります

宮下さんオリジナルの織見本

こちらは宮下さん自作の織組織見本。番号毎に少しずつ違う地模様になっていて、クライアントさんと意思の疎通を図る際に利用するためにつくったそうです。同じようにベタで表現されているようで少しずつ違っています。その微妙な違いまできちんと指示を出して設計するのが紋意匠の仕事です。

手書き調の番号がかわいい

工程その5.試し織と修正

宮下さん「以上のような作業を経た後、今度は実際に試し織りをします。ここからがまた長い道のりなんですよ。データ上では完璧なようでも実際に織ってみないことにはわからないことがいっぱいあって。この2種類は一番最初の試し織りと本番の2種類です。見比べてみてください」

みなさんは写真を見比べてどこがどう違うかわかりますか? 宮下さんは左右の違いをはっきりと説明してくれます。

宮下さん「ヨコ糸が飛びすぎているところが多かったので間にトメを入れました。そのトメの入れ方も模様の印象を崩さないように柄に沿った所に気を使いながら。こことここの埋め尽くしの部分の織柄も組織を見直しました。1箇所は気に入らなかったので新しく組織をデザインし直しました……etc」

限られた色数、条件の中でパッと見ではわからないようなさまざまな工夫がデザインの中に込められています。

昔はすべて手描きだった

宮下さん「今でこそ技術が進歩し、保存とやり直しに便利なパソコンソフトでの作業になりましたが、ソフトがない頃は手描きの図案を方眼紙の上に写して、すべて手作業で行なっていたんですよ。私も始めたばかりのころは図案を描く仕事が主で、織のデータ作りは外注の紋意匠屋さんにお願いをしていました。彼らは、方眼紙のマス目を塗りつぶしていく作業を『意匠を突く』と呼びます。私もパソコンのマス目を埋める作業は自然と『突いてく』という言葉をつかいますね」

藤枝「意匠を突くってなんだか良い言葉ですね。」

宮下さん「紋意匠屋さんに持ち込んで一旦紋紙に起こすとけっこうな料金が発生するので、試しに織ってみてからまた切り直すということは金額的に現実的ではありませんでした。一発勝負でどこまで図案をイメージ通りに織模様に落とし込めるか、は最終形を十分に想像した上での的確な指示にプラスして、意匠を突く職人さんの技術にかかっていましたね」

宮下さん「手描きの図案、ありますよ」

藤枝「ぜひ見せてください」

デザイナーになったばかりの頃の図案。この頃はただ絵を起こすのみだったそうです

宮下さん「いまではシミュレーションや試し織りをすることができるようになったとはいえ、それでも奥行きと立体感のある模様をつくることには経験とひらめきが必要です。最初は当然ながら組織のことはまったくわからなかったので、線描きの図案を渡して組織は紋意匠の職人さんにお任せしていましたが、少しずつ経験を重ねてだんだんと組織のことがわかるようになり、手描きの図案に織組織を描き込むように進化していきました」

織柄のイメージを伝えるために書き込み始めたころの図案

ずっと魅力を持ち続ける意匠

藤枝「そうやって今のように織の組織を巧みに駆使した模様が作れるようになったのですね。それにしても、すごい資料ですね。あー、これは有名な柄ですね」

こちらは故 忌野清志郎が最後のライブで着用したスーツの模様です

出来上がった布がこちら。検索するとこのジャケットを着た清志郎さんの画像が出てきます

宮下さん「そうですね、これとかこれとか過去に作ったものをいまでもリピートしている柄はあります」

長い時間をかけて作られたものだからこそ、流行で流れていくのではなく魅力を持ち続けるのかもしれません。

宮下さん「坂本龍一さんの大好きな楽曲でご自身が30歳くらいのころに作ったSELF PORTRAITという曲があるんですけど。今でも色褪せない名曲で、60歳を過ぎてもコンサートでその曲を演奏されているんですね」

坂本龍一さんの楽曲の影響を受けて作った模様。宮下さんのSELF PORTRAIT

宮下さん「それがとても素敵なことだなと思って、私も自画像という名の布を作りたいと思って作りました」

こちらがSELF PORTRAITの実際の布

やればやるほど深みが増す仕事

宮下さん「織のデザインはやればやった分だけどんどん深みが増していきます。技術や体験が自分の中に積み重なりますからね。10年、20年と続けてやっとわかってきたことがたくさんあって。次から次へとやりたいこと、試してみたいことが出てきます」

「富士山テキスタイルプロジェクト」でのコラボ作品の図案。路地裏のグラフィティをテーマに、シールを剥がしたような質感などを学生と協同で模索したそう

宮下さん「クライアントさんからの仕事は自分では到底やらないような難題が来たりするからおもしろいです。自分の持ってる知識・技術を総動員していかにお客さんに満足してもらうか、いつも全力でぶつかっています」

細い糸を使用した高密度の織物を得意とする山梨ハタオリ産地は、絵を織でとても忠実に再現できます。一見すれば絵や写真のようにも見えてしまうため、もしかしたら魅力が伝わりづらいかもしれません。しかし、実際に見て、手で触れてみると糸の交差で出来上がった立体感、仕事の繊細さ、厚みなど、絵や染めの仕事とはまた違った奥ゆかしさがあります。それは、織り目のひとつに至るまで徹底的に突いた紋意匠の仕事の賜物でしょう。

今回ご紹介した仕事は技術のほんの一部。まだまだ魅力的な意匠でできた生地がたくさんあります。この記事を読んで、もしも興味が湧いてきたなら、あなたの身の周りにある布も見直してみてください。繊細な紋意匠の仕事を見つけることができるかもしれませんよ。


会社名:宮下織物㈱

住所:山梨県富士吉田市新屋1515−1

電話:0555-22-8870

営業日:月−金

営業時間:9:00〜17:00

ブライダルテキスタイルメーカー
先染め・ジャカード・シルクブロケード
Yarn dyed fabrics / Jacquard fabrics / Silk brocade fabrics

この記事を書いた人



  • 藤枝 大裕

    藤枝大裕

    毎年秋に富士吉田市で行われるハタオリマチフェスティバルの工場祭担当。装いにまつわる分野の産業と作り手をつなげて新しい価値をつくる活動「装いの庭」主宰。 http://yosowoigarden.com/

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