東京造形大学デザイン学科テキスタイル専攻の元教授 大橋 正芳さんが注目する、全国のテキスタイルをはじめとした展示紹介コラムです。「テキスタイル老師ぶらり旅」略して「テキぶら」どうぞお楽しみください。

2018.07.25

糸・筆・型


広島県安芸郡熊野町は江戸以来続く筆の産地です。そこに、化粧筆で世界に知られた株式会社白鳳堂があります。
白鳳堂の筆は日産2万本といわれていて、そのほとんどが化粧筆です。もともと書の筆や絵筆をつくっていましたが、いまも書道筆、面相筆、日本画筆、洋画筆、デザイン筆、工業用筆などをつくり続けています。

奥会津・昭和村で筆づくり

白鳳堂で筆づくりに携わっている若いお2人が、7月21日、福島県大沼郡昭和村に到着。筆づくりを披露してくださいました。

急ごしらえの仕事場に並んださまざまな筆。

時間の都合で面相筆づくりの1部をやっていただきました。

毛を整えます。この工程はとても丁寧で、何度もなんども繰り返して不要な毛を抜き取り、毛の質を高めます。その後毛を均等に分けます。この筆の毛は猫だそうです。

乾いた毛の根元を麻糸で縛ります。この工程を“おじめ”というそうです。「苧締め」と書きます。ここでしっかりと締まらないとそれまでの工程が生きてこなくなるそうです。それには、技術はもちろん、糸の質が大きく左右します。

糸でしっかりと締め付けられた毛の束を軸に繰り込み、このあと仕上げの工程を経て筆ができあがります。

ここで使われている糸は、昭和村の酒井美智代さんがつくった苧の糸です。白鳳堂のみなさんは、この糸を求めて熊野町からやって来たのです。

 

糸・筆・型がつながった

10数年前、市川市在住の江戸小紋型彫り師増井一平さんから昭和村の酒井さんを紹介してくれるよう私に電話がありました。
彼は、型彫りの下描きに上質な面相筆が必要となり、探した結果熊野町の白鳳堂にたどりつきました。白鳳堂に依頼すると、上質な筆に適した苧締めの糸がないために今は筆をつくれないという返答。そこで増井さんは私の知り合いで苧の糸をつくっている酒井さんを思い出し、連絡してきたのです。結果として酒井さんの糸が白鳳堂に渡り、面相筆が増井さんの手元に届きました。増井さんのみならず、優れた筆がさまざまな分野の仕事を支えたことと思います。

筆づくりが盛んな熊野町にはかつては糸をつくる専門の方がいました。今はいません。その後手に入る糸は切れやすく、しっかりと毛を締めることができないそうです。切れなかったとしても、経年変化で劣化してしまうのだそうです。しかし、酒井さんのつくる糸は強く締めても切れず、時間が経っても変化がない。酒井さんの糸を使って10年以上、いまだに苦情はないそうです。上質な筆づくりに、酒井さんの糸が欠かせないのです。

酒井さんはその後ご父母の介護などで糸づくりができなくなりました。その間も白鳳堂から糸が欲しいという切実な連絡が続き、そして昨秋お母様を見送った酒井さんは糸づくりの再開を決めました。白鳳堂創業者の御夫人で常務取締役の高本美佐子さんはこれを機会に酒井さんの糸づくりを見るとともに筆づくりを酒井さんに見てもらおうと決意して、社員を伴って昭和村へ行くことにしました。その話を聞いた古くから酒井さんを支えてきた仲間たちが、ならば私たちも、ということになり、その輪が広がって30人ほどが酒井さんのご自宅に集まることになったのです。

奇跡の集会!!

酒井家の座敷に、糸づくり、筆づくり、型彫り、それぞれの臨時の仕事場が用意されていました。そして酒井さんの糸づくりからはじまり、筆、型とそれぞれの実演があり、参加者はその技を固唾を飲んで見守りました。

酒井さんの糸績みです。

酒井さんが用意した苧や糸になった苧、そしてオボケなどの道具たち。

酒井さんの後は筆づくりで、その後に増井さんも型彫りの仕事を披露。

増井さんは“突き彫り”という方法で型を彫ります。細く研いだ刀を糸ノコのように上下させて模様の輪郭を切り抜いてゆくのです。

酒井さんはこの集まりを「手織村交流会」と名付け、テーマを「伝統文化の底辺を担う手技」としました。苧の糸づくり、糸を使った筆づくり、筆を使った型彫りと、1本の細い糸をめぐる伝統の技のつながりを目の当たりにしました。3つの技を1か所で見ることができるというたぶん空前絶後の機会でした。こんなことは他にないので、地元のテレビがカメラを回し続けていました。

一通り技の披露を終えて、参加の皆さんとつくり手たちの交流がはじまりましたが、筆づくりの女性は酒井さんに糸の撚り方を熱心に教わっていました。

この日の会を楽しみにしていた高本美佐子さんは急においでにはなれませんでしたが、南青山のお店からご子息の専務取締役高本壮さんはじめ3人の社員が駆けつけました。熊野町の2人も入れると5人です。その力の入れように驚きましたが、1本の細い糸が筆づくりにそれはそれは大切なのだということ、その1本の細い細い糸がなくなると筆がつくれなくなるという現実を実感しました。これは伝統工芸のさまざまな場で起きている現実です。そればかりか、全国のさまざまな産地でもこの現実に直面しています。今回の糸をめぐるつながりは、全国規模のネットワークが産地が抱える問題のいくつかを解決することができることを示唆しているように思えます。昭和村の糸が熊野町の筆を支えるとは、誰も考えなかったことなのですから。

昭和村の一角にある酒井さんのお宅。この辺りのごく普通の農家ですが、ここで静かな奇跡が起こっていたのでした。

 

追伸:手遅れになる前に

福島県奥会津の昭和村は、苧の里として知られています。苧を植え、糸をつくり、糸は越後で上布に織り上げられます。昭和村は苧を村の産業として力を入れますが、その活動の立ち上げに酒井美智代さんは携わっています。しかしその後は、公的な活動を離れて1人で苧はじめさまざまな糸づくりや織物を研究、制作を続けてきました。酒井さんは織った布などを日本民藝館展に出品、奨励賞などを受賞しています。2001年から06年まで、私は民藝館展染色部門の審査員でした。その時酒井さんと知り合いました。その後、私が研究していた江戸時代の出雲藍板締めの復元過程で、酒井さんに当時の木綿布と同じものを織っていただきました。
増井さんは東京造形大学勤務時の同僚で日本美術史の星野鈴さんの紹介で知り合い、その後型地紙の調査で伊勢まで同行したり、美術館や博物館へ染織品などを観に行ったりしています。

さて、増井さんの型紙は小紋染の型紙です。模様が彫り込まれた型紙はそれ自身でも美しいのですが、型紙は染物の道具の1つです。筆は、例えば細い蒔絵筆は蒔絵という漆器をつくるための道具です。筆に使われる苧の糸は、筆という道具をつくるための材料です。そうなんです、あらゆるものづくりの現場では、その道具や材料が静かに消えているのです。華やかな染物や漆のお椀の陰に隠れて目に見えませんが、静かに、そして確実に。
表舞台でそれに気がついた時は、もしかすると手遅れなのかもしれませんよ。


この記事を書いた人



  • 正芳大橋

    大橋正芳

    東京造形大学でテキスタイルデザインを学んで4年+卒業とともに大学に残って46年=50年の造形大人生。リタイアしても「こんなの見てきたよ!」をまだまだ続ける老元教師。日本の手仕事を守り、伝える「手仕事フォーラム」の共同代表。

 

  • 2018
  • 2017

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